『空』
「ふしぎなところだね。」
周りをぐるっと見回してみても、ずっと同じ景色が続いている。
どこまで行っても灰色。
上に下に、首を傾けてみる。
やはり灰色に続く、空。
白い雲も、黒い雲もある。
ほんの少しだけ、青い空も見える。
それでも、曇り空は美咲の瞳に、くすんだ灰色一色に映った。
「ここに住んでる…わけじゃないよね?」
ひとつ質問をしようとしたが、言い終わるまえにその必要はなくなった。
その幼い女の子は、ここには住んでいない。
美咲と女の子を包む曇り空に、家は無い。
家どころか、木も、山も、地面すら無い。
本当にどこまでも、空だけが続いているのだ。
ここには住めない。
「私、ここが好きなの。だからときどき来るようにしてる。」
ひざを抱いて座り込み、女の子は隣に立つ美咲を見上げた。
きれいなところでしょ、と微笑んだ。
女の子と同じように、座った。
何があるわけでもないが、たしかにきれいな景色だった。
*
美咲の頬を、ひとすじの涙が流れた。
思わず、ひざの両腕に顔をうずめた。
女の子には気付かれてしまっただろうか?
「それじゃあ、その人はいなくなっちゃったんだね。」
女の子の声は、とても落ち着いていた。
美咲は見て取れるか、取れないかくらいに、小さくうなずいた。
それに気付いたのか、女の子はうつむいた。
沈黙が続いた。
こらえきれない涙が流れ、わずかにこぼれた美咲の声だけが時を感じさせる。
雲は流れた。
いつの間にか、雨が降っていた。
美咲の髪を濡らし、雫が滴りおちた。
「会いたい?」
流す涙もなくなった美咲に、女の子は言った。
また少し、沈黙があった。
美咲は服の袖で目の辺りを拭き、顔を上げた。
そして、女の子の目を見つめた。
「…会えるの?」
*
「それじゃあ、もう会えないんだね…」
目の前に立つ少年と、美咲はまともに話すこともままならなかった。
目に涙が浮かんできて、声がふるえる。
そんな美咲を見て、少年は困ったような表情を浮かべた。
「なあ、美咲。たのむから泣かないでくれよ。」
死んでまだ美咲を悲しませてるなんて、と少年は続けた。
でも、と美咲は目を逸らす。
いつのまにか女の子がいなくなっていた。
少年は溜息をついて、小さく首をふった。
「確かに俺は死んだけど俺は、ほら、そこにいるからさ。」
言葉の意味がわからなかった。
美咲は少年の顔を見返した。
そのとき左腕に、わずかだが熱を感じた。
あわてて袖をまくる。
「あ…」
プロミスリング。
糸を編んで作ったかざりが、手首にあった。
この前、つまり少年と永遠に会えなくなるその一日前に、彼から受け取ったものだ。
美咲は左の手首をみつめた。
雨の粒が腕に落ちてきた。
今日、何度目かの沈黙が、またやってきた。
「俺だと思って、持っててくれ。」
どれだけ時間が経ったかわからない。
雨はやんでいた。
少年の言葉で、ふと我に返った。
少年は笑っていた。
美咲の中で、何かが決まった。
「うん。」
美咲も笑った。
雲の隙間から、陽の光が差し込んだ。
*
美咲が目を覚ますと、自分の部屋の、ベッドの上だった。
学校の制服を着たままだ。
帰ってきて、すぐに眠ってしまったのかもしれない。
窓の外には、もうすぐ朝がやってくるようだ。
「…夢だったのかな。」
美咲は左腕を上げた。
そっと袖をまくる。
静かに微笑んだ。
「夢じゃないよね。」